第7章 幼児期の発達:自己と社会性
7-1. 自己の知覚
7-1-1. 自他の分化
生後3ヶ月ごろの乳児が手を不思議そうに見ていることがある
自分の身体に触れ、感覚によって自分の身体は自分のものであると気づいていく
3~4ヶ月ごろには首がすわり、今まで寝返りがうてなかった身体を自分で動かせるようになる
自分の思うようにならない他者との関係性の中で、自他の分化を次第に習得していく
自分自身の身体の名称をどのように理解していくのか
乳児期における自分の身体への気付きや身体名称の理解は幼児期になると遊びや他者の行動の模倣を通して、自分と他者との身体能力や特徴の類似性及び相違性の意識へとつながっていく
身体だけではなく自分の考えや感情も他者とは異なることを他者との関わりの中で学んでいく
7-1-2. 自己認知
自分が他者とは異なる存在だと認識することができれば、今度は自分自身を対象化してみることができるようになる
生後1歳頃までの乳児は鏡映像を自分自身だと認識しない
1歳を過ぎると鏡に写った他者は実物ではないと認識する過程を経て、2歳ごろには鏡映像は自分の映り姿であることを、6割以上の子供が理解する(Amsterdam, 1972) 自閉症スペクトラムの子供たちも発達年齢が上がると鏡映像を自分だと認識できるようになるが、鏡に写った人物より、鏡に写った部屋の方をより長く見る傾向がある ダウン症の子供は鏡の中の人をコミュニケーションの相手、もしくはパフォーマンスの見物人として扱う傾向がある 最近ではビデオ機器等を用いることによって自己像認知の研究に時間的な視点が導入されている
ビデオに映し出された自分の映像に対する自己認知は遅延提示
鏡映像が自分自身であるとわかるためには、他者の存在が必要となる
自己認知は生まれつき自然とできるものではなく、他者の存在があってこそ自分自身を認知できる
それゆえに自己像よりも他者象を子供はより早く正確に認識するようになる
4歳頃の心の理論の獲得を通して、他者とは異なる自分という存在を認識する 自己は他者の世界と関わるなかで、常に関係における全体として形作り直されており、関係の中で次第に意識そのものとして構築されていく(Reddy, 2008) 7-1-3. 名前や所有の認知
名前の認知
1歳ごろには自分の名前が意味を持ち始め、振り返ったり「ハイ」と返事をしたりする
他児の名前でも「ハイ」と答えてしまう
1歳5ヶ月ごろになると自分と他者の名前の区別がつき、自分の名前について特に反応するようになる
自分の名前を呼ばれると自分を指差す時期を経て、1歳8ヶ月ごろには養育者や周囲の人が呼ぶ対象詞を使って自分のことを愛称や名前で言うようになる(庄司, 1989) その後子供が使用する自称詞は発達段階とともに変化していく
日本の男児は「愛称・名前」と「オレ」「ぼく」を並行して使いながら相手によって使い分けをしていく
オレは主に仲間に対して使われるが、主張したり自慢するときには保育者に対しても使われるという
女児は小学生になると「わたし」の使用が増加し始めるものの「愛称・名前」も使い続けることがある
男女ともに年下の兄弟にたいしては自分のことを「お兄ちゃん」「お姉ちゃん」などの親族名称を使用する傾向がある
物の所有の認知
トマセロは自分の娘を継続的に観察し、1歳5ヶ月ごろから"mommy's pillow"や"daddy's nose"など所有格を使った発話が見られたと報告している(Tomasello, 1998) "mine pillow"や"my book"といったように「私の」を使った発話は一歳半過ぎに見られたという
所有の認知には過去から現在まで所有していたという時間的な連続性の要素が入っており、同時性を伴う身体的な自己認知とでは発達の仕方が異なると推測されている
7-2. 自己意識の発達
7-2-1. 第一反抗期
1歳半ごろになると徐々に反抗するようになる
自分は養育者とは異なる意志を持っていると確認する作業であり、自己意識の高まりを意味する
今まで大人にやってもらっていたことを自分でやることで、自分の能力を試したいという欲求の表れを意味する
単に他者に同調したり、一体化したりするだけではなく、泣きや反抗といった他者を受け入れない行動も幼児の自己意識の発達には重要となる(根ヶ山, 2010) 7-2-2. 自尊感情
自分の能力以上のことに挑戦するが失敗して、手がつけられないほど泣きわめく子供がいる
理想の自己と現実の自己
自分に対するかんしゃくを起こす行動は高い理想自己を持ち、能力以上のことに挑戦しようとする意欲ある子どもの姿と捉えることができる
しかし、他者よりできないと自分でもわかっているところに、さらに周囲からも否定的な評価をされると子どもは自尊感情(self-esteem)が傷つけられたと感じる 自尊感情の高い人は困難なことにあっても粘り強く努力するが、自尊感情の低い人はすぐに諦めてしまう傾向があるとされる
幼児期の頃から周囲の援助も受けながら最後は自分の力でやり遂げる経験を多く持つことによって自己を肯定的に捉えられるようになり、自尊感情が上昇する
このような特徴こそが、できないことが多い幼児期を乗り越えるうえでのエネルギーになっている
幼児期に有能感を経験し、自分を肯定的に捉えることを学習した子どもは、できないことがあっても自分の能力を完全に否定することなく生きていける
7-2-3. 性同一性
性同一性: 自分自身が男性または女性であることの自己認識 3~4歳ごろには自分が男なのか女なのかがわかり(性の同一視)、4~5歳ごろには女は女であり続け、お父さんにはなれないこと(性の安定性)がわかる ズボンをはいていても女の子であるというように表面的な格好や行動で性は変わらないこと(性の一貫性)も5~7歳ごろには理解するという 特に幼児期後半になると、性を基準にした輻輳、持ち物、色などに強く固執する姿がしばしば見られる
7-2-4. 文化・社会によって異なる自己観
日本では添い寝の習慣や同室でねることが一般的で、隣に寝ている母親がすぐにあやしてくれる
欧米では乳児であっても一人で別室に寝かせる事が多い
文化的自己観は養育者が子供に行うしつけにも反映されている
東, 1994は言うことを聞かない子どもへの対処の仕方に関する日米比較を行った 日本の母親は自他の感情と関連付けながら子どもの気持ちに訴えてしつけをする傾向がある
アメリカでは親の権威で子どもをしつけようとする傾向が強い
日本の保育者は暗示や比喩、質問文を用いて子どもを叱ったり注意を与える傾向がある
中国や台湾の保育者は明確に指示したり叱ったりすることが多い
中国や台湾の保育者と比べると、日本の保育者は自他間に明確な線引をせずに、他者の気持ちを考えたり察したりすることを重視している
親や保育者による明示的な注意やしつけは大人と子どもの境界線をしっかり引き、自他を明確にすることにつながる
日本では暗示的な注意を子どもが察することを期待し、子どもがあまりにも言うことを聞かないと、時には条件をゆるめて子供との対決を避けようとする
7-3. 社会性の発達
7-3-1. 他者の感情や意図の理解
特に幼児期では社会性の発達は認知的な発達が基盤となる
身近な人からの影響も大きい
愛着対象や友達の考え絵、感情、行動などを無意識に取り入れ、同一視をしたり、行動を模倣したりすることは、個人が属する集団内の社会化を促進させる 乳児期から自分が生きる社会の価値観や規範を学習していく
第一次社会化: 幼児期から児童期にかけて日常生活や言語、他者との基本的なやり取りを習得するために、家族からしつけが行われる 7-3-2. 社会的スキルの獲得
自己制御を自己主張・実現と自己抑制の側面から見ると、日本の子供の場合、その2つの発達過程は異なっている
柏木, 1992によれば、自分の意見や欲求を他者に伝える自己主張・実現機能については5歳ごろまで急激に伸びるが、その後横ばい状態になる 自己抑制機能は3~7歳まで一貫して伸び続ける
これは、誤りや失敗を避け、自己主張よりも他者との同調や一致を重視する日本の社会文化的風土を背景にしていると推論される
周囲の大人から言われて我慢したり決まりを守ったりすると、それに対して肯定的な評価がもらえる
自分にとっては不快・苦痛なことでも他者や集団のために我慢したり持ったりする自己抑制は他者との関係の中でたびたび求められる
子供は自分の行動をコントロールすることによって、対人関係のルールを学んでいく
我慢できた子どもは自分なりに工夫していた。
一方で、他者から強い抑圧をかけられ、あまりにも我慢しすぎて自分の要望が言えないことも、子どもの自己主張の発達を妨げてしまう
子どもがどのような自己制御機能を発達させていくかは周囲からの発達期待も影響を与える
母親が自己主張・実現面と自己抑制面のどちらを子どもに期待するかによって、子どもの自己制御機能の発達は異なる(柏木, 1992) 子どもの自己制御の発達は年齢が上がるにつれて自然に生じるような性質のものではない
周囲の大人や社会の発達期待や養育者の価値観、実際の対応の仕方によって、子どもの自己制御機能の発達は異なってくる
幼児期は理想と現実とのずれにとまどい、時としてかんしゃく・パニックを起こすこともある
適度な欲求不満を経験することは欲求不満に耐える力(欲求不満耐性)の獲得や自己制御の育成につながる 我慢しなくてもよい環境に子どもを置いてしまうと欲求不満体制は身につかない
反対に過剰な欲求不満を子どもに強いることも、長期にわたってストレスが高い状態に置かれることにより、環境を変えようとする努力すらしなくなる学習性無力感を生むことにつながる 幼児期において、仲間との間で起こるいざこざやけんかも社会のルールと自己制御を学ぶ大事な共在となる